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天の華 0 オレの親父は名医と呼ばれる外科医であり、彼のメスさばきは神業であるといわれている。 密かに”浪速のブラックジャック”なんてあだ名もついていて、将来医者を目指しているオレにとって、親父は尊敬する師であり、また、越えねばならない大きな壁でもあった。 今、その親父はオレの目の前で白衣に身を包み、厳しい表情を崩さずにオレを見ている。 白衣を纏う親父の姿は幼い頃から何度も見ているが、その表情はいつも、尊い人命を預かる者としての責任から硬く引き締められていた。親父は好きで仕事をしており、その仕事に誇りをもっていることは知っている。しかし白衣を脱ぐときに、重圧から解かれたように、ほっと表情を緩ませることも知っていた。 親父は言うなれば、厳格で真面目であった。普段から冗談を飛ばすような性格ではなく(実は”お笑い”も嫌いだ)、医者としてある時は、更にそれに磨きがかかる。 そう解かっていたのが、オレは、親父がたった今放った一言を、冗談やろ?と一笑に伏してしまいたかった。 「・・・侑士」 親父は腕がよくて真面目な、素晴らしい医者だ。しかし如何せん正直すぎるのが珠に傷である。完璧な技術をもつ医者である親父の唯一の欠点は、患者やその家族にとって辛い話をするときに、素直に顔に出てしまうということだ。 「侑士、言い難いんやけどな・・・」 なるほどなぁとオレは思った。 どうだ、今のこの顔は。患者として医者の親父と対峙しているオレに向けた、親父の表情は。 今まで親父に宣告をされてきた人達も、こんな気分を味わったんやろか?ああ親父、あんたはこの欠点を、なんとしてでも直さなあかんで。 「ん、オレも医者やっとるし。自分のことやし・・・解かっとるよ、親父」 当の本人であるオレ以上に、親父の方が病人じみてみえた。蒼白になった顔は、医者として患者の役に立てないというよりも、父親として息子を助けてやれないことへの辛さが滲んでいるように思えた。オレは、名医の親父の手にも負えない病に侵されていたのだ。 この日、まだ31という年若いオレは、先の人生が残り少ないことを、実の父親から知らされた。 「オレは大丈夫や、親父」 「侑士・・っ」 オレが強がっていると思ったのだろうか。親父は堪え切れなくなって、声を震わせた。俯き手で顔を覆った親父に、オレは優しく声を掛けた。一生懸命になってくれていることへの感謝と、そして謝罪を込めて。 ありがとう、でももういいんです、すみません、 本当のことをいえば、オレはオレの定まった命を使い切ることが出来るのだと、ある種の喜びを見出していたのだ。死ぬ事を望んでいたわけではなかったが、これでようやく、オレは苦しみの全てから解放されるのだと心が軽くなったのは事実だ。 小さく嗚咽を漏らす親父の背をなでながら、オレはふと思った。”忍足侑士”として生きたオレのこれまでの軌跡を、誰かに知って欲しいと願った。そしてオレは、長い、誰に宛てるでもない手紙を、最期に書いていこうと決心した。 オレがこの世界から消えてしまえば、オレの記憶も思考も全てが無に帰してしまう。それではあまりにも切ない。オレだけのためじゃない、オレと同じように苦しんで逝った彼のためにも、オレはオレたち二人の軌跡を残していくことにしようと思ったのだ。 |
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パラレルです。暗いです。 050630 |