天の華 3


 オレは対人関係を良好に作っていく術に長けていました。
 人に話を合わせることが得意で、不用意に人に恨まれたりすることはありませんでした。しかしその実、好き嫌いがはっきりしている方であり、自分が苦手もしくは嫌いだと判断した相手とは徹底して接触を避ける傾向がありました。

 オレは図書室ですっぽかされた件以来、まだ会ったこともない”臨時の先生”を嫌うようになりました。前に述べました通りオレは躾を厳しくされてきましたので、例え自分以外でも、約束を破る輩は我慢がならないのです。
 新しく先生が学園に来たとなれば通常は全校集会で紹介があるものなのでしょうが、今回はそれがありませんでした。理由はよく知りませんでしたが、極短期である上に音楽という教科上、教える生徒がほんの一部だからだろうとオレは推測しました。実際にオレ自身も選択教科で音楽をとってはおらず、また全体的にも音楽は生徒が集まらない教科でした。ですからオレは、かの件より一週間も経っても、自分の顧問の顔は愚か、名前すら知らずにいました。しかし、
(ヤバイ・・・)
 この言葉をもう何度、オレは心の中で繰り返したか知れません。
 一週間、”臨時の先生”を避け続けていたということは、つまり、委員会誌の話し合いが全く進んでいないということなのです。相変わらず相方は役には立ちませんでしたし、先輩方に相談するも『自由に作っていい』と過去の会誌を渡されただけに終わりました。
 オレは自分自身を大概いい加減な人間だとは思っておりましたが、最低でも自分に任された仕事くらいは完璧にこなしたいと思っておりました。それはプライドとでもいいましょうか、自分の所業に文句を付けられるのは気分が悪いのです。



 オレはその日、放課後の図書当番のために図書館へ行きました。
 時期的にはまだ梅雨の真っ只中ではありましたが、その年の梅雨は雨が少なく、天気は既に夏の装いを見せていました。
 ショートホームルームが終わってさっさと足を運んだせいか、図書館はシンと静まり返っていました。大きなガラス窓からは昼の黄色い日差しが僅かに差し込んでいました。もう少しすれば、傾いて赤く染まった太陽が広いロビーいっぱいに満ちるのでしょう。
 まだ当番の時間には余裕があったので、オレはカウンターの足下にカバンを落とし、地下へ向かいました。先日借りていった数冊の小説は既に読み終わっていました。会誌作りに行き詰まって気分転換のつもりで読んでいたのですが、あっという間でした。
 オレは作家等には詳しい方でありましたが、別段著名でないけれど心に残すような素晴らしい文章を書く作家の本が、ここにはたくさんありました。卒業まではまだ3年もあります。全てを読み尽くしてやろうなどと密かに考えておりました。
 階段をおりて小説のコーナーに向かったオレは、そこに先客がいることに驚きました。というのも、古く汚らしい本を手にとることはいいところのお坊ちゃん・お嬢ちゃん達には躊躇われるのか、今までこの寄贈書のコーナーに自分以外の人間がいるのを見たことがなかったからです。

 オレは少し離れたところから、その人物を眺めました。初めて見る人でした。いえ、まだここへ来て3ヶ月強ということを思えば、見かけない人間などごまんといるのは当然であるのですが。それでもオレは、物珍しさからか、目を離すことができませんでした。
 棚から本を引き出してぱらぱらと数ページめくり、また棚に戻す。
 オレの視線の先では、そのどこか事務的な動作を繰り返す男性を少し明度の低い照明が照らし出していました。
 その男性は細身であるが意外に長身で、顔を僅かに俯かせてページを覗き込んではいるが、姿勢よく伸ばした背筋と真っ直ぐに立った脚が、細身のスーツのラインに綺麗に映えておりました。照明の光を反射する髪は甘い蜂蜜を溶かし込んだような色合いで、俯き露わになったうなじや本を持つ手は白磁のように白く、この男性が純血の日本人ではないのだと教えていました。

 ぼうっと立っていると、ふいに男性が顔を上げてオレの方を向きました。
 ばっちりかち合った瞳は秘境の海の如きダークブルーで、オレは初めて見る不思議な蒼に瞬時に溺れました。





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すっごい短くってすいません・・・ここで区切るのが丁度よかったです
そして凄く久し振りですね。。

051123



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