天の華 4


「何だ?」

 オレの姿を見止めるなり、男性は声を掛けてきました。しかしオレは、咄嗟に言葉を返すことが出来ませんでした。ただ、目の前の存在に目を奪われました。
 こんなに美しい人間は初めて見たのです。
 無反応なオレを、男性 ――さほど歳の違わない青年でした―― はいくらか訝しい目で眺めて嘆息しました。相手のこんな反応には慣れているといった風でした。

「図書委員か?」

 男性は改めて声を掛けてきました。そこで漸くオレは体の自由を取り戻したようでした。こくりと頷くと、男性は本棚から数冊の本を抜き取り、貸し出しを頼みたいと言いました。オレはまた一つ頷き、1階のカウンターへと促しました。
 今下りてきたばかりの階段を上りながらオレは、彼は何者だろうと考えました。自分の背後には、同じように階段を上ってくる気配がしていました。石版の床にカツカツと硬質な靴音が響き、オレは何故か落ち着かない気分になりました。


   *  *


「―――― こちらに、名前をおねがいします」

 オレはカウンターに入り、男性を相手に図書の貸し出し作業をしました。
 男性の正体はこの学園の教師ということでした。それにしては随分若いようなきがしましたが、オレは取り敢えず、初めて借りるのだという先生に貸し出しのカードを渡しました。
 先生はスーツの内ポケットから万年筆を取り出し、流麗な字を書きました。
 ”跡部景吾”。
 それが先生の名前でした。容姿こそどこか異国の風情が強く表れていますが、やはり日本人であったようでした。
 それにしても、とオレはふと思いました。明らかに初対面であるのですが ――この容姿なら一度見たら忘れるはずがない―― 先生の名前には聞き覚えがあったのです。

「英語の先生ですか?」

 聞いてすぐ、オレは後悔しました。先生が僅かに眉を顰めたのが解かったからです。そのことでオレは、先生がこの外見によって様々に苦労――― といいますか、先入観を持たれることで嫌な思いをしてきたのだと察したのでした。
 しかし先生はすぐに表情を戻し、カードに残りの筆記事項を書きこみながら、『いいや』と首を振りました。

「何だと思う?」

 逆に聞き返されて、オレは言葉に詰まりました。

「・・・古典ですか?」

 言った瞬間、またしてもオレは深い後悔をしました。
 先生も、まさかこのように言われたことはなかったのでしょう。顔を上げ、蒼い目を丸くしてオレを見ました。
 外見で判断されるのを嫌うのだろうと知ったからといって、明らかに見た目からはほど遠い教科を挙げては、気を遣っていることが明白です。
(なにやっとるんや・・)
 気遣いというものは相手に悟られないがこそであって、相手に知られてはますます負担を掛けるものにしかなりません。ソツがないと言われていたオレでしたが、この時はまるでなっていませんでした。
 先生はくすくすと笑っていました。オレは無性に恥ずかしくなって、頬が紅潮するのを感じました。
 大人っぽいと思われるのがオレであって、自分でもそうだと思っていましたが。しかし本当の”大人”から見ればただの背伸びをしている子供に過ぎないのだと、身をもって知らされた気がしました。
(早う、帰ってくれへんやろか・・・)
 そして出来ることなら、もう二度と顔を合わせたくはないと思いました。

 オレの羞恥を感じ取ってか、先生は笑いを引かせると握っていた万年筆をカードの上にことりと置いて、その手をオレの頭に乗せました。そして2・3度撫でる素振りを見せました。
 皮肉を込めた動作ではなかったのでしょうが、その時のオレには自分をバカにしているものに感じました。
 そしてその負の感情に追い討ちをかける言葉を、先生は言ったのです。

「オレの担当は音楽だ。臨時だがな」

 オレの思考と動作は、一瞬にして凍結しました。
 そんなオレには気付かず、先生は首をまわしてロビーを見回し、

「もう一人の図書委員はどうした?各クラスに当番は二人ずつだと、榊さんから聞いていたんだが」

と言いました。
(・・・この人か、)
 オレは一週間前の、あの待ちぼうけた件を思い出していました。とても惨めな気分が、今の状況とも連動して、どうしようもない不快感に包まれました。
 オレはやはり、この人のことは好かない、と改めて思いました。





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会話が入ると速く書けますね。
二人の年齢差をどうにかして表したいと思ったら、ちょっと忍足がカッコわるくなった・・
ウチの忍足がカッコよくないのなんて今更ですか・・・

跡部先生が『榊さん』て呼んでいるのは、ちょっとポイントです

051124



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