天の華 5


 さて、それから。
 思いがけぬ遭遇をしてしまったオレが、この後どうしたと、貴方様なら思われるでしょうか。
 苛立ちのままに先生を責めたか、それとも腹の底に怒りを飲み込み、何食わぬ顔で先生に接したか。
 ―――― ええ、オレは年齢のわりに頭のまわる子供でしたから、その場で先生を責めて仲を違うのは得策ではないと知っていたのです。
 オレの頭にはずっと、早く会誌を仕上げなければならないという焦りがありました。先生の口振りからしても、榊先生から図書委員の仕事についてお話を詳細に伺い知っている風でした。ならば、一週間後に迫った締め切りまで、自分の嫌悪感を隠し通している方が賢明であると判断したのでした。


 会誌の話をしますと、先生はオレの考えた通り、榊先生から仕事についてのお話は伺っていると言いました。そして期限までもう一週間しかないと言いますと、先生は少し考えた素振りをして、

「じゃあ、今日から放課後残って指導してやる」

と言いました。
 オレは今週、図書の当番になっていますので、毎日図書館に来る予定はありました。ですが先生の方は、赴任したてでそのような時間が取れるのでしょうか。尋ねますと、音楽という教科上、さしてすることもないのだと苦笑しました。先ほど地下に居ましたのも、仕事が無いため、かれこれ1時間ほどああして本を選んでいたとのことでした。
 ならば、何も遠慮することはありません。
 会誌が仕上がるまでの間、じっくりお付き合い願おうと思いました。


   *  *


 それから二日目、三日目と。
 内心気に入らないと思っている先生と二人きりの放課時間を送りました。
 15時半から貸し出し時間の終わる17時半まで、オレは図書の当番でカウンターに立ちます。その間先生は、地下の寄贈書コーナーに籠もって時間を潰していました。
 時折カウンターを離れて様子を見に行きますと、やはり地下の蔵書は人気が無く、いつも先生は一人で居りました。そして初めて会った時と同様、無造作に本を引き出してぱらぱらとページをめくっては、また棚に戻すといった動作を、事務的に繰り返していました。
(・・・何をしとるんや?)
 先生の行動は、なんとも奇妙なものでした。
 本を選んでいるのは確かなのですが、読もうという気が感じられないのです。
 オレは不思議に眉を顰めながらも、深く追求はすまいと、いつもそんな先生を置き去りにロビーのカウンターに戻るのでした。

 先生は、とても頭のよい人でした。
 オレたちは会誌を作りながら、ちらほらと会話を交わしました。話題は専ら本のことでありましたが、先生の知識の深さにはオレでさえも恐れ入るほどでした。
 先生は、洋書は原文のまま読まなければ意味が無いと言いました。日本語に訳されたものは、そこに訳者の感性が混じりこんでしまうのだそうです。

「日本語に訳せない外国の言葉ってものもある。逆だってそうだろう、”ワビ”・”サビ”といった風な日本人特有の感性を英語やドイツ語の単語に表現しようったって無理な話だ。言葉は言葉のままに受け取らないと意味が無い。日本語に表しきれない表現のこもった言葉を、無理に訳して読ませるのは、筆者への冒涜だ」

 幾分皮肉混じりに言葉にはヤケに重みがあり、なるほどと思わないでもありませんでした。しかし、

「でも先生、オレ日本語以外は不自由なんやけど・・・」

 かろうじて知っているといえる外国語―― 英語も、自由に本が読める力はありません。
 先生は、中等部1年ではそれもそうだと笑いました。そして、氷帝学園は外国語教育に力を入れているため、真面目に学習すれば卒業する頃には2ヶ国語は理解できるようになると言いました。

「先生は、氷帝のOBなんですか?」

 詳しいようでしたのでオレが訊ねますと、先生はこくりと一つ頷きました。
 氷帝学園は幼稚舎から大学部まで備えている一貫性の学園でしたが、先生は幼稚舎入学の、全くの氷帝生であったとのことでした。

「この春に大学部を卒業したばかりだ」
「? 今は何しとるんです?」
「この学園の臨時音楽教師をしてるだろうが」

 何を言っている?と先生は首を傾げました。
 オレは『そうでしたね』と返しつつも、そういう意味で聞いたのではない、と思っていました。
 臨時教師の話が先生の元に舞い込んだのは、榊先生が入院をした6月半ばであるはずです。大学部を卒業したのは3月であるから、その間3ヶ月が空白になるではありませんか。
 しかしオレは、それを言及する事をしませんでした。
 世の就職率がよくないと聞いてはおりますが、一流学校の、そして頭のキレる跡部先生に職が無いはずがないとの確信が、何故かオレにはあったのです。それでも隠しているのは、何か言えない事情でもあるのでしょう。
 興味本位で人に踏み込むのは、オレの意とするところではありません。それに先生とは、会誌が出来上がるまでで極力接触を断とうと決めていましたから。

 自分でも稚気にムキになっていたと思います。
 しかし、この先生とあまり親しくなるのは危険であると、自分の鋭い勘が警笛を鳴らしていたのも事実でした。





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跡部様は完全に原文派なんだろうなぁvv
という憧憬の気持ちを込めて。
私は時に日本語も不自由ですよ・・・

051125



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