|
「テニスの方はちゃんとやってるのか?」 4日目、金曜日。 ほぼ会誌も書き上がって、後は最終チェックを入れて印刷をするだけになりました。印刷は来週の月曜日の朝にでも行えばよいので、実質この日は出来上がった会誌に目を通すだけでした。 ぱらぱらと数ページの会誌を流し読みながら、先生はオレに話し掛けてきました。 「テニスはやってるのか?」 榊先生の代理で学園に赴任したという以上、跡部先生は榊先生と親しい間柄であるのでしょう。 オレは自分のことを先生に話したことはさしてありませんでしたが、それならば、オレが榊先生が監督を務めるテニス部に所属している ――声を掛けられて上京した―― と知っていても不思議ではありません。 「今週は図書当番ですから、放課後練習は免除してもらいました。でも朝練には出とりますし、自主練もやっとります」 跡部先生は会誌に落としていた目を上げて、ちらりとオレを見ました。 「自主練って、どんなだよ? 壁打ちか?」 「はぁ。朝早く学校のコート行って、朝練が始まる前に一人で打っとります」 「それじゃ、大した練習になんないだろ」 「でも、放課後練で疲れとる友達、朝も早くに叩き起こすわけにいきませんから」 単なる壁打ちが、さして実にならないことは自分でも解かっていました。 そして、そろそろ大会に向けて部活内の選抜戦が行われるという話も聞き、オレは内心焦っていました。自分の強さには自信を持っていましたが、この選抜前の時期に、練習量で他の部員に劣っているのは明白でした。 (チェック早く終わらせて、近くのコートにでも行こかな) 時折時計に目をやりながら、オレはそわそわしていました。 氷帝はテニスの強豪ということもあって、他の学校に比べて設備もよく、コートも何面も所持していました。しかし部員数も半端ではなく多く、人数的に見れば全然コート数が足りないといった具合でした。そして部内は榊監督の意向で、全くの実力主義が貫かれていました。部員は強い順に正レギュラー、準レギュラー、平部員の3つの階級に分類され、全ての優先順位がそれに伴っていました。 この春に氷帝学園に入学した1年生にとっては、今度開かれる部内選抜戦が初の階級決定戦になります。ですからオレは、いくら大阪から呼び寄せられたといっても階級のない平部員であって、易々とコートを使うことなど出来ないのでした。 「部内戦も間近だし、忍足も練習に身を入れなきゃならないよな」 まるでこちらの内心を読み取ったように、先生は言いました。 オレが先生に目を向けると、先生もオレを見ていました。その眼差しは強くありました。いつもそうでしたが、この時はまた格段に力がこもっている様に見受けられました。 (・・・あ、) オレは初めて、先生の右目尻に小さなホクロがあることに気が付きました。 4日間ずっと顔を会わせていて、しかも一つの机に向かいあって作業をしていたというのに。オレは嫌悪感からか碌に先生の顔も見ていなかったようでした。 初めて会ったときも思いましたが、改めて見ましても、先生は非常に整った容貌をしていました。男性に使うには適切ではないかも知れませんが、綺麗、という表現が、最も近しい気がします。しかしそれが軟弱な印象を与えないのは、研ぎ澄ました切先のような鋭さを秘める双眸のためであるのでしょう。 その蒼く力をもった瞳が、オレを見据えていました。 「テニスをしに、大阪からわざわざ来たんだろう? ――― 正レギュとってこいよ」 「・・・!」 それは純粋な応援の言葉であったのか、それとも期待されてもそれくらいの実力がないようじゃココには不要だとの嫌味を込めたものであったのか。 発した言葉とニヒルに笑った表情からは、どちらの意を多分に含ませていたのかは読み取れませんでした。 「・・・・・・言われんでも、そのつもりや」 敬語も忘れたオレに、先生は笑みを深めました。 「・・・期待してる」 そして会誌をぱたりと閉じると表情を一変させて、オレに、もう終了だと告げました。 「特に修正を入れるところも無い。よく出来てる」 「・・・はぁ。・・・ありがとうございました」 蒼い目は変わらず綺麗な色合いをみせていましたが、先ほどの、あの鋭い光は消え去っていました。 * * 「この後はどうするんだ?」 帰り支度を終えると、先生はスーツのポケットから鍵束取り出して図書館の正面入り口にかけました。 夏もほど近く日はだいぶ伸びて、外はまだ明るくありました。時計に目を遣ると、部活もまだ行われている時間でした。 「部活行くのか?でも1年じゃコートは使えないだろうがな」 「いえ、近くのフリーコート行きます」 「そこでまた壁打ちすんのか?」 「・・・・・・」 先生はいつも、オレの心の内を的確に読み取ってきました。 「でも、向こうに行けば誰かしら相手はおるでしょうから」 「”氷帝”のテニス部員を満足させる相手が、そういるとは思えないが」 オレは言葉に詰まりました。先生の言ったことは、まさしくオレも考えていたことだったのです。 (・・・ほんまに、) 勘が鋭い。 心を読む人ならぬ能力が先生に備わっているとしか思えませんでした。 オレの胸には少しの気味悪さと同時に危惧が沸き上がってきました。先生はもうすでに、初めて会ったときから、オレの先生に対する嫌悪感に気が付いているのではないかと思ったのです。しかし先生は、そんな素振りを一切見せませんでした。それどころか、何かとオレを構ってきたのでした。 この時もそうでした。 「格好の練習相手がいるんだが、どうだ?」 「え?」 「今の正レギュ以上の腕前で、ついでに時間無制限で使える屋内テニスコートを持ってる相手がいるんだが」 どうだ?と、先生はとても楽しいといった様子でオレに聞いてきました。 先生の口振りから、その”相手”が他でも無い先生自身を指しているのだと、オレは気が付きました。 オレは、会誌が終わったら先生との接触の一切を断つつもりでいました。その会誌は先ほど仕上がったばかりです。オレはもう嫌悪感を偽ってまで、先生と仲よくする必要がなくなったのです。 ですがオレは、先生の誘いに頷きました。 会誌の件でもそうでしたが、この跡部先生の存在というのは、感情の面ではなくオレの行動 ――それは委員会やテニスといったもの―― の面でとても魅力的であって、『気に入らない』というそれだけの理由で誘いを蹴るのは己の利にならないと知ったからでした。 |
|
テニスに関しては目の色が変わる跡部先生って素敵だと思うんですv そして自分の損得しか考えていない忍足は・・・(笑) 次からちょっとずつ・・ね。 051125 |