Keigo ― 優しい旋律 ―






「・・・また、出ぇへんわ・・」

ずっと掛けている電話は一向に繋がる気配はなく、何回も何回も掛け直している内に休み時間は終わってしまった。
次は移動教室だと思い出して、忍足は仕方なく携帯を切ってポケットにしまう。

「授業終わったら、またかけてみよ・・」

席を立ち、教科書を腕に抱えて教室を出た。
忍足の携帯の発信履歴に、延々と一人に掛け続けた跡だけが残っている。
しかし、相手が忍足からの電話に出てくれることは一度もなかった。

(バイブにしとるんやろなぁ・・・そんで、そのまま解除忘れて寝てもうたんや。それやから、オレのモーニングコールに気付かんのか)

「意外とうっかりさんやからなぁ・・・ 景吾は」

なんて可愛らしい。

くすくすと笑って、忍足はポケットの携帯を一撫でした。





 オレの景吾。
 何よりも綺麗で美しくて、可愛らしいオレの恋人。

 オレの景吾。

 寝起きが少し悪くて、起こされた時は普段の1.5倍くらい眉間にしわを寄せている。
 それをキスで解きほぐして、
 オレは漸く光をたたえはじめた蒼の双眸を覗き込みながら囁く。


『 おはよう、景吾。
  今日もオレのこと、好きでおってな 』


 愛してる。







・.*.。*・*。・+.・*..*・.*.。*・.・ .




授業が終わると、忍足はいそいそと携帯を取り出した。
電話帳からもう暗記してしまった番号を呼び出して、教室に戻る廊下を歩きながら電話を掛ける。

(もう昼になるし。お腹すかせて起きるころやろ?)


 早く起きないだろうか。

 オレの景吾。

 素直じゃないけれど、大好きだってことを仕草で示してくれる可愛い人。
 ちょっと我儘で、でも甘えることとおねだりがヘタなコ。

忍足の寝起きがいいことを知ってからは、”起こし役”に忍足を任命した。
一緒に寝ているときはキスと共に耳元で囁いて、離れて寝ているときは専用の着信音で定時にモーニングコールを。
時間にうるさい景吾は、1分でも遅れるとへそを曲げてしまう。
怒った景吾も可愛いけれど、やっぱり笑っているのが一番いいと、忍足はせっせと朝のオツトメに励む。
一日の始まりの一番最初に彼の目に映るもの、彼の耳に届く声――― それが自分であることが、忍足は酷く嬉しいのだ。
それに。

「オレが起こしてやらんと起きひんからなぁ、景吾は」

しかし景吾がコールに応えることはなく、耳に届くのは無機質な女の声。
聞きたいのはお前の声やないと、切ってはまた新たに電話を掛け直す。
忍足はその動作をずっと繰り返した。






景吾が眠りについてから三日がたった。

三日前の早朝6時。
いつもの時間に電話を掛けたけれど、景吾を起こすことが出来なかった。
そして景吾はその日、学校に来なかった。

二日前の早朝6時。
またしても景吾を起こすことが出来なかった。
定時じゃなくてもいいかと思って休み時間の度に電話を掛けてみたが、景吾の眠りは相当深いらしい。
忍足に起こされなかった景吾は、また学校に来なかった。

そして三日目。
今日も定時に起こせなかった。
それでも、と。忍足は時間が空けば景吾に電話を掛け続けた。



「景吾・・・ 早う目ぇ覚まし」

今日は天気がいいから。
目を開ければ薄いレースのカーテンを通して差し込んだ光が、景吾を包んでいるのに気付くだろう。
そしてオレは景吾の耳に、三日分の言葉を届けてあげよう。



 おはよう、景吾。
 随分長いことお休みやったな。
 今日もこれからも、ずっとオレのこと好きでおってな?


 愛してる。







景吾はまだ起きない。







『Nina』 作曲:伝G.B. Pergolesi を見て突発書き。

050919



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