暗所






今週の頭から風邪で寝込んでいて、その間はろくにものを食べていなかった。
幼少時から熱を出すと決まって見る夢に今回もうなされ、完治したはずの今もその悪夢が尾を引いているのか、気分は最高に悪いままだ。
それでも週末に熱が下がったのを見計らって、すこし遠出をしてみた。
連日降り続いた雨でこの時期にしては恐ろしく寒い日が続いていたが、この土曜はよく晴れていた。
北へ。
逃亡者は北に逃げるというが、今の自分はその心理に近しい気がする。
認めたくはないが、自分は恐らく、あそこから逃げ出したかったのだ。

山間をゆく各駅停車の遅い走りは、景色を見るのに丁度いい。
特に何処へ向かうなどの目的もなく方角だけ決めて飛び乗った電車は、休日だというのに随分と空いていた。都心部を走る電車では見られない4人掛けのボックス席を一人で占領し、座り心地の悪い座席に身を深く埋めて流れる景色を見送る。
ビル群を過ぎ、住宅地を過ぎ、1時間も乗っただろう頃には窓の外の様子は一変していた。
電車は木々の合間を縫うように走る。まだ紅葉は見られず、かわりに杉の青い山々があった。その折り重なる山の間からは、白く積み重なった雲がのぞいていて、思わずどきりとさせられる。
積乱雲ではない。だが、また夏が戻ってきたような光景には否応なく心が浮きたった。しかし山影に雲が隠れてしまうと同時に、その高揚もすぐ霧散してゆく。そして残るのは、ただの虚しさだけだ。
夏は終わったのだ。
目を瞑ればまざまざと思い起こせるのに。
肌に纏いつく空気、首筋を伝う汗、地を震わすような歓声、空気を歪ませる熱気、
あれほど近くに感じていたものは、もう遠く過ぎた過去だ。
過ぎ去った時間は二度とかえってはこない。

夏が終わってからはどうにも無気力で、熱を出して寝るだけだった日々は寧ろありがたくもあった。
頭痛や吐き気に苛まされて余計な思考が入り込まない状況が、よかったのだろう。
オレは処方された薬を、飲まずにこっそりとティッシュに包んで捨てていた。そして自業自得の苦しみの中で、飽くことなく生きることについて考えていた。
無生物が寄り集まって生物となるが、それは一体なんなんだと。
“いきるもの”としてこの世に生まれ出る事象には、何か意味があるのだろうかと。
生きるためにうまれでるのか
生きるために生きるのか
そして思う。
仮に己が何の価値もない生物で、仮にいたところでマイナスにしかならない存在だというのなら。
周囲が自分に接してくるのも恭しく傅くのも習慣や義務からの行為であって、仮にそうする相手が“オレ”ではない他の“誰か”でも全く構わないというのだとしたら ・・・ “オレ”の存在はなくていい。
確かめる事をせずに、空想の中で幾度も同じ結論を導き出して、それから、オレは死ぬことを考える。
見下ろした自分の手首は少しばかり節が目立つが白くてつるりと細く、自分のものながら綺麗だ。しかし、これは臆病さの証明であるのだ。
死にたがりのくせに刃を当てる勇気すら無い。

 自分は、臆病な死にたがりである。







・・・だれだこれは

060730



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