時を刻んで






初対面のその女性には見覚えがあった。

休日の昼下がり。缶コーヒーを片手に、忍足は公園のベンチで友人を待っていた。
待ち合わせの時間はとうに過ぎていたが、友人が訪れる気配はない。しかしそれもいつもの事だと、忍足はコーヒーを一口飲み、持ってきた文庫本に視線を落とした。
しばらく本を読み進めていたところ、ふと手元が暗くなった。風が動いて、ふわりと品の良い香水の香りが鼻に届く。反射的に、どこかで嗅いだことのある香りだと感じていると、
「隣、よろしいですか?」
頭上から声をかけられた。
透き通った女性の声に、忍足は顔を上げるより先に返事を返した。
「どうぞ」
ベンチの上に置いていたバッグを除けて、席を空ける。そして仰ぎ見た人物に、忍足ははっと息を呑む。
「ありがとうございます」
軽く会釈をして忍足の隣に座った女性は、酷く美しかった。
年齢は忍足と同じくらいだろうか。少しウェーブのかかったブラウンの柔らかそうな髪を肩先で遊ばせ、ダークグレーの品のいいスーツを纏っている。スタイルも良く、少し短めのスカートから伸びる脚は、長くてよい形をしていた。
しかし、忍足が目を奪われたのはそれらではなく、彼女の顔だ。だが、単に顔の造形が整っている、ということからではなかった。
女性は小さなハンドバッグを膝の上に置くと、中を探って携帯電話を取り出した。そしてそれを形のよい細い指でいじり始めた。忍足は本を広げつつも、そんな女性の顔をちらちらと盗み見ながら思った。
世界には似た人物が3人いると聞く。
これまではそんな迷信を信じちゃいなかったが、きっとそれは真実であるのだろう、と。
なぜなら、あまりにも似すぎていたのだ、この女性は。
忍足がよく見知った、過去の人物に。




忍足がその人物と最後に会ったのは、7年前の成人式の時だった。
懐かしい連中との久し振りの再会に話が弾んで、式の後、忍足は彼らと連れ立って飲みに出かけた。飲みに向かったメンバーは、中等部の時に同じ部活でチームメイトだった者達が主だった。
当時の忍足は”強豪”といわれるテニス部に在籍しており、部員数200人というバカみたいな人数の中でも、実力がトップの7人しか選ばれないレギュラーという地位を、忍足は見事に勝ち取っていた。
しかしそのレギュラーの中でも際立った実力を誇っていたのが、”彼”だ。
彼とは特別仲がいいというわけではなかったが、実は忍足にとって彼は、何かと気になる存在だった。
飲みのメンバーの中には、その彼も加わっていた。
しかし一緒についてきた女性達に囲まれていて、なかなか声をかけることができなかった。そういう忍足も、似たような状況にあったのだが。
忍足にとっては知らないコばかりでも、向こうは忍足のことをよく知っていたようで。立食のその会で片手にグラスを持って近づいてきては、懐かしい(よく知っているな、と思うような)中等部時代の話を振ってきた。
忍足は彼の方を気にしつつも、しきりに話しかけてくるコたちの話を適当に流しながら、ただ相槌を打っていた。

時間が経つと酒の量も増えていく。
初めて飲むわけではなかったが、重ねていった杯は知らず自身の限界を越していたようで。夜も更けてきてお開きにしようという頃には、記憶も怪しくなっていた。
どうやって行きついたのか。果てはどうしてそういう状況に至ったのか、全く覚えていなかった。
翌日に目を覚ました時、忍足は見慣れないホテルの一室で、裸でシーツにくるまっていた。
上半身を起こすと、二日酔いの頭痛がした。額を押さえながら辺りを見回すが、部屋には忍足一人きりだった。しかし、乱れたシーツやそこに付着した跡を見れば、昨夜自分がナニをしたかなんて容易に知れた。それに、泥酔していながらも、忍足の身体は女を抱いた感触を、朧げながらも憶えていた。久し振りだった所為もあるかも知れないが、酷く気持ちがよかった・・・気がする。
忍足はベットの一人分空いたスペースに手を置いた。シーツはひんやりとしていた。相手の女性は、忍足が目覚めるずっと前に此処を出て行ったようだ。
”酔った勢いでのアヤマチ”ということを、相手の方も自覚しているのだろう。
忍足はもう一度ベッドに横になり、目を閉じて思う。
これまでも、一夜限りの相手を見送ってきたことなど幾度もあった。しかし、こんな風に先に帰られたのは初めてだった。どんな女性であったのか、顔も知らないということも。
相手は一体誰であったのか・・・
思い出せないことが、とても気にかかった。
しかしそれ以上に、
(・・・アイツとゆっくり話も出来へんかったな・・)
次、彼に会えることは、もう無いかも知れないのに。
そう思うと、酷く残念だった。






7年前に意識を飛ばしていた忍足を引き戻したのは、隣に座った彼女の声だった。
「ああ、やっと来ました」
そう言って彼女は立ち上がり、遠くに視線を向けて手を振った。その先には、(遠くて顔はよく見えないが)スーツをきた男性と子供の姿があった。
「主人と息子です」
彼女が言う。
しかし近づいてくる二人の顔がはっきりしてくるや、忍足の表情は次第に強張っていった。
「あの・・・息子さんは、」
「ええ、主人とは似ていないでしょう。私とも似ていないんです。私の生んだ子ですのに」
 ・・・誰に似たんでしょうね?
よく言われるんです、と彼女は冗談っぽく笑った。
彼女も彼女の夫も、色素の薄い髪に黒色ではない瞳の色をもつ、どこか異国の血が混じったような容貌をしていた。しかし二人の子供は、まるで先祖代々生粋の日本人であるかの如く、漆黒の髪と瞳をもっていた。
忍足は、彼女の夫である男に手を引かれてちょこちょこと近寄って来る子供に、視線が釘付けになる。
世界に自分に似た人間は3人いるというが・・・ここまで似るものなのだろうか・・?
彼女は”彼”に。
そしてその彼女の子供は――― 他でもない、忍足の幼少時にそっくりなのだ。

ふと、さっきまで捕われていた思考がよみがえる。
そういえばあの7年前の飲み会の最後、別れ際に、自分は誰かに話しかけなかっただろうか・・・
そして一夜を共にした”女性”の顔を、自分は本当に覚えていないのだろうか・・?

まさかそんなことは在り得ない、と思いながらも、忍足は浮かんだ考えを否定し切れなかった。
ごくりと喉を鳴らし、問いかける。
「・・・・・・息子さんは・・お幾つですか」
見上げた彼女は、依然として穏やかに笑っていた。しかし蒼い双眸は、射抜くような鋭さをもっていた。その眼差しに見覚えがあると思い至ったとき、忍足は瞬時に確信した。

忍足を見下ろしながら、彼女が口を開く。
発せられた声は今までとは一変して、低い、威圧的なものだった。
聞き知った声だった。


「今年で7歳になるぜ――― 忍足」



「―――― あと べ・・っ!」

叫ぶような忍足の声も、”彼女”はただ笑って流した。
そしてふいと視線を外すと、振り返ることもなく、彼らの元へとさっさと歩いて行ってしまった。
忍足の前を横切った時、香水の匂いが、またふわりと鼻に届いた。そして、忍足は思い出した。

その香りは昔、跡部景吾が好んでつけていたものであった。







パラレルで。
実は跡部様は女の人だったんだよ!というカンジでした。
そして忍足は7年前、酔った勢いで跡部様とアレして、見事・・・・・というカンジでした。
すみませ・・

050617



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