天から舞い降りた






鉄筋コンクリートの5階建てのボロアパート。
その最上階には、娼婦が住んでいる。




娼婦といっても性別はれっきとした男。
いわゆる“男娼”というやつだ。
しかしながら、男娼といって侮ってはいけない。彼らは本家本元の“娼婦”以上に上玉揃いであるとも言われているのだ。
けれどまぁそれもそのはず。
男だけれど男の相手をするとあっては、“それなり”程度の容姿じゃ見向きもされない。類稀なる容貌と肢体をもって初めて客がつき、“男娼”という職業であると胸を張って名乗れるのだから。

 ・・・胸を張るってのはオカシイかも知れないけれど

なにはともあれ。
一人前の男娼として生計を立てている5階の住人は、確かに素晴らしい容貌をしていた。
以前すれ違ったことがあったけれど、その時見た限りでは歳は十代後半から二十代前半くらい(オレと同い年くらいかな)。身長は結構高くて(オレより大きいかも)、手足は長くて形がいい。金色に近い髪に、深い蒼色の双眸(ハーフ?クウォーター?)。うっすらと色付いた唇は触れられる度に艶の入ったイイ声を零すに違いない。

 ・・・声を聞いたことはないんだけれど

薄暗いエントランスで見ただけだったけれど、恐ろしく端整な顔立ちをしていると知れた。
これはモテるのも当然、彼が朝帰りをしない日は無いのも頷けるというものです。

そんな彼は、身体の代金以外にもいろいろと贈り物も頂いちゃってるみたいで。
毎日新品のブランド品を質屋で金に換えている、と近所の話し好きのおばちゃんが言ってました。
「毎回、何十万ってもらっていくみたいなのよ!」
多少の誇張が入っているにしても、彼がかなりの額をちょうだいしているのは確からしい。

だって、彼は、娼婦も黙る 男娼サマ だ。

それなら、こんなカビ臭いボロアパートに住む必要も無いのにね。
まったく、不思議でたまらない。


彼がどんな献上品をもらっているのかは知らないけれど、毎回決まって、その献上品に花束が添えられていることをオレは知っている。
花束がどんなにか豪勢に品良く造られたものなのかは知らないけれど、彼がどんな種類の花を貰っているのかを知っている。

彼は毎朝花束を持って、このボロアパートに帰ってくる。
鼻歌を歌いながら日が当たらないジメジメしたコンクリートの階段を、朝っぱらなのに配慮を知らない靴音を響かせて軽快に最上階まで上りきる。
それがオレの目覚まし代わりだったりします。
足音(と鼻歌)に起こされたオレは、まず窓を開ける。これはオレの日課の一つ。(あ、オレには日課が2つあるのですけれど)
オレは雨の日も風の日も雪の日だって、とにかく窓を開ける。
するといくらも経たないうちに、上から花弁が降ってくるのだ。

 Maiden Blusb Rose、Damask Rose、Sweet Brier、Austrian Briar Rose、Rote Rose、Tineke ・・・・・・

ハラハラと落ちてくる花弁は献上品のなれの果てだ。
それを眺めながらオレは、よくわかっているなぁと感心するのです。
彼には薔薇の花が良く似合うから。

5階から降ってくる花弁は、月・木・土曜日は Rote Rose―― ローテローゼ。
この情熱のローテローゼを捧げる男を、仮にA氏としたなら、A氏の利用頻度は週に3回ってところ。A氏は彼の日・水・金曜日の担当客なわけですね。そして、相当のお金持ちとみた。彼の値段が安くないことくらい、彼の見た目で解かりますから。

ああ、それにしても。
毎日花弁を毟って捨てるんだったら、ハナっから貰ってこなければいいのにと、オレは思うのです。
だって彼の部屋の4つ真下にはオレが住んでいるのだから。
つまり、だ。捨てた花弁は必然的にオレの部屋の窓の、そのすぐ下の地面に落ちてくるというわけでして。
今日も大量だなぁ、なんて。
オレはなんともいえない気持ちで、降り注ぐ花弁を眺めて、そして彼が花を毟り終わって(恐らく)眠りについたであろう頃に、オレはオレのもう一つの日課をこなすのだ。それは、窓の外にこんもりと積もったそれらを、一人掃除することであります。
オレは彼の花弁を黙々と掃きながら、いつも思うわけです。
ああ、本当にどうして。
捨てるものをわざわざ持ちかえってくるのだろう、彼は。
それも不思議でならない。


ある日。
いつものように窓を開けて待っていると、薔薇以外のものが降ってきたことがあった。
真っ白なLily―― 百合の花だ。
これを捧げた男を、仮にB氏としたならば、Bはとんだ間抜け野郎だ。
 純潔?
 処女性??
彼は男娼だよ。

 そして、汚しているのはお前だ。

からかいや皮肉の類だとしても、オレは非常に不愉快になった。センスがない、ちっとも笑えない。
汚しているのはお前じゃないか。
オレはその日、彼が眠りにつくのを待たずして外に飛び出し、さっさと百合をゴミに出した。日課の掃除を嫌に思ったのは、この時が初めてだった。
しかしながら、Bはその時一度きりの客だったようで。その日以降、百合が降ってくることは無かった。きっと彼にも嫌われちゃったんだろうね?
ざまあみろ、なんて思ったことは、内緒だけれど。


それからも毎日、窓の外には薔薇の花弁が降り積もる。月・木・土曜日はローテローゼ。オレは勤勉に掃除を繰り返す。
そんな日々がずっと続いていた、変わらない朝。
オレはいつものように彼の足音に目を覚まし、いつものように窓を全開にした。途端、差し込んできた光にオレは驚いてしまった。ついこの間まで、このボロアパートから太陽の光を奪っていたマンションが取り壊されていたのだ。
そういえばずっと工事をしていたなぁ、とオレは思い出した。昨日、マンションの外壁を壊したのだろう。
窓の外には広々とした更地が広がっていて、さんさんと日の光が満ちていた。
のどかな風景を見ながら、これでこのカビ臭さもいずれ解消されるのかなーなんて思っていると、オレは何時の間にか、窓枠に身を乗り出した格好で二度寝についていた。




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「・・・・・・・・・ん?」

頬に当たる固い感触が痛くて、千石は目を覚ました。
寝ぼけた頭で、コレは何だろうとぼんやり考える。そして窓枠だと気がついて、がばっと跳ね起きた。
と。
勢いよく顔を上げたのと同時に、千石のオレンジ色の頭からパラパラと何かが零れ落ちた。
(・・・・・・百合?)
頭を軽く振ると、千切られた百合の白い花弁が、またパラパラ落ちてきた。見れば、窓の下の地面にも積もっている。丁度、千石の頭があった辺りだけがぽっかりと開いて。
これは一体どうしたことか。寝ぼけ頭で考えていたところ、突然声を掛けられた。

「よく寝てたなぁお前」

初めて聞く声だった。身をねじるようにして、千石は声のした方―― 5階を見上げた。
そこには、窓枠に肘をついた格好で見下ろす麗人。
口端をつり上げた高慢な顔が、よく似合う。

「・・・君って人は、とんだいたずら好きだったんだね」

見てよ、コレ。
千石が自分の髪を引っ張る。オレンジの髪の毛には、百合の粘り気のあるめしべが、べったりと絡まっていた。

「オレのトコさ、お風呂壊れちゃってて今お湯が出ないんだよ?どうしてくれるの」
「あん?修理してもらえばいいだろうよ。風呂なんざ2・3日くらい我慢しろ」
「・・・君だったら、この状態で2・3日我慢できるの?」
「冗談じゃねぇな」
「・・・・・・」

やっぱり男娼という生き物は、人に愛でられ尽くされるのを常とする存在であるからして。ちょっと(?)自分勝手になるものなのか。
しかし、コレは酷い。日頃、オレがどれだけ君の為に労を尽くしていることか――― って、
(君は当然、知らないだろうけど)

「ねぇ、君のトコのお風呂、貸してくれない?」
「断る」
「だってオレ、こんな頭じゃ仕事にも行けないよー」

心底困った、という顔を作って、千石は上を見上げた。母性本能をくすぐられるわーと年上の方々に評判の、千石的に自信のある顔で。
(彼に“母性”なんてものがあるのか、はなはだ疑問だけどね)
これは近くの銭湯にでも行くしかないよなぁ、
そう千石が諦めていたところ、

「ああ・・・お前、貧乏だからな」

「・・・・・・はい?」

黙っていた彼が口を開いたと思ったら、なんとも失礼なことを言ってきた。
まぁ、確かに裕福ではないけれど。君に比べれば貧乏だけれど。
(流石に、銭湯代くらいはあるんですけど・・・)

「みすぼらしさに拍車がかかった格好してたら、客が寄りつかねぇしな」
「・・・え?」
「お前、夕方まで前の広場で絵描きやってんだろ?オレの職場の窓から見えんだよ」
「そうなんだ・・・」
「しょうがねぇ。貧乏人に冷たく当たるのも酷ってもんだ、風呂の一つくらい貸してやるよ」

“職場”って・・といささか脱力しつつも。
オレばかりでなく、彼もオレのことを知っていてくれていたとは、意外だ。でも、ああ、どうしよう、
(凄く嬉しい!)
窓からめ一杯身体を乗り出して、頭上の彼を見上げた。

「本当にいいの?!って、今更ダメだっていわれても却下だけれどね!」

返事を返すと、彼はその勢いのよさが面白かったのか、口元をほころばせて頷いた。
(笑ったっ!)

「って、うわっ!」

驚きと嬉しさでますます身を乗り出したオレは、そのまま窓から落っこちてしまった。
幸いオレの部屋は1階だし、それに地面に落ちた大量の百合の花がクッションになったからさして痛みは感じなかったけれど、
(かっ かっこ悪い!)
かあっと顔が赤くなるのに合わせて、頭上から遠慮のない笑い声が聞こえてきた。
見上げれば。
朝の光を一身に受けて輝く金糸、棘の取れた笑顔。
そしてまだ千切られていない白百合が、跡部の顔の隣で咲き誇っている。

(―――― 天使)

オレはぽかんと口を開けて見とれながらも、考えを改めざるを得ないと思った。
(あの時は間抜けヤロウなんて言っちゃって、ごめんなさい)

B氏、あなたの思うとおり、彼には真っ白なLilyがよく似合う。







せんべ、でした。
情熱の赤い薔薇を贈るのは忍足です。週3通ってくどき倒しています。
白百合を贈るのは・・手塚か真田、ですかね・・?
時間の終わり間際に漸く手を繋げましたーくらいの初々しさでいいんじゃないの・・っ?!
(忍足はホテルのドアを閉めた途端ちゅーします。そして事後のベッドでくどく/笑)

060719



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