お伽話を聴かせて






今日は朝から良く晴れていた。
雨の日も風の日も、いついかなる状況下でも心地よく眠れるジローだったが、今日は絶好の昼寝日和だなぁなんて、そう思いながら屋上に上がったのが10分くらい前。
屋上の入り口からは見えない位置で、尚且つ日がよくあたるお気に入りの場所にごろんと寝そべったのがついさっき。
そして暖かい日差しに意識がまどろみかけたのが、たった今。
その直後。
聞こえてきた怒声に、ジローの眠気は一気に吹き飛ばされた。

(・・・なにごと?)
むくりと起き上がる。
眠りの亡者とまでいわれるジローが、寝るのを中断して他の事に気を取られるのは非常に珍しいことだった。でも今回は別だ。
今の声は確かに、跡部だった。自分が聞き間違えるはずがない。
声のした方を覗きこむと、案の定、跡部の姿が見えた。
そして丁度、跡部が相手の脛にローキックを叩き込んだところだった。


一発くらわせた跡部は一つ鼻で笑うと、踵を返してさっさと帰って行った。
それを物影から見送ったジローは、脛をおさえてうずくまる相手にのろのろと近寄る。

「・・・なにやったの、忍足」

「―――って・・・  げ!ジロー?!」

がばっと顔を上げた忍足は、気まずいというような、ヤなヤツに見られたというような、こっちがむっとするような顔をした。
(”げ”ってなんだよ、失礼なヤツだな)

「んで、なにやったのさ。あんま跡部怒らせないでよねー。部活にひびくじゃん」

「・・・お前どうせ部活出んのやろ?って、なんでオレが悪いって決めつけとんねん。跡部が勝手に怒っとるだけかもしれんやろ」

「それはない」

即答した。跡部は何かにつけて不機嫌になるってイメージがあるけど、理不尽に怒ったりはしない。
そう断言するジローに、忍足はニヤリと笑った。

「残念。いつもはアレやけど、今回は跡部の勘違いやで。オレは何もしとらんもん」

鬼の首を取ったように得意げに言う忍足に、ジローは驚く。

「・・・そうなの?」

「そうなんよ。でも、いくら誤解や言うても信じてくれへんねん、アイツ」

「・・・・・・」

忍足は立ち上がると、制服のズボンを軽くたたいて埃を落とした。そしてポケットを探って、タバコを取り出す。
慣れた手つきで火を点けると、大きく一つ吸い込んだ。

「まぁ、蹴りの一発で済むんやったら、構わんけどな」

でもどうせなら平手の方がいいんやけど、と、忍足が蹴られた脚をぷらぷらと振った。
跡部が加減をしたのか、それとも忍足が打たれ強いのか。先程蹲っていた割りに、さほど痛そうには見えなかった。

「・・・あとべ、ケンカに手は使わないからね」

跡部の手は、テニスと、そしてピアノを弾くためにある。
だからいくら喧嘩をしたとしても、跡部が拳を振るうことはない。激昂しているようでも、そのへんの配慮は怠らない。見た目よりも冷静に、物事を見ているのだ。
言った途端、忍足がぎりとタバコを噛んだのが分かった。

忍足と跡部は、付き合っているような付き合っていないような、微妙な関係にある。
二人に言わせれば、ただの”セフレ”ということだけれど。でも他の誰かと仲良くしているのを見れば、お互いに不機嫌になるくらいに好き合っているのは確かだ。
跡部は・・・多分、気を引きたくて必要以上に忍足につれなくするのだろうし。忍足も忍足で、跡部の執着を煽りたくて、浮気紛いのことを繰り返したり・・・そして嘘をついたりするんだろう。
だけど。
(いい加減にしないと、取り返しがつかなくなるよ、)


「ねぇ忍足・・・”おおかみ少年”って知ってる?」

「は?何や、ソレ。ケダモノみたいな兄ちゃんかいな」

タバコを吹かしながら軽く流そうとする忍足を、ジローはきっと睨んだ。

「違うよ。小さいとき、絵本で読まなかった?」

おおかみ少年の話。
昔、跡部の家に泊まりに行った時に、跡部のお母さんが自分達に読んで聴かせてくれたことがあった。
普段嘘ばかりついていると、いざという時に信じてもらえなくなるという訓戒を説いたイソップ物語。

「あんまりバカなことばっかやってると、そのうち、ほんとに信用なくして・・・・・・身体だけだって繋がっていられなくなっちゃうよ?」

それだけ言うと、ジローは屋上を後にした。
忍足に背を向ける直前、忍足の表情が苦く歪んだのが見えた。



「――― んな話、聴かせてくれるようなウチやなかったわ・・・」


でもその小さい呟きは、風にさらわれて聞こえてはこなかった。







複雑な家庭環境で育ったが為に、ちょっと性格に歪みのある忍足とか。

050216



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