桜色に染まる






『堪忍な』


何の前触れもなしに謝罪の言葉を告げられ、何だと思った時には唇を奪われていた。

突然のことに全く対応できなかったオレは、さぞかし間の抜けた表情を晒していたのだろう。
アイツはらしくないくらい楽しそうにして、すぐに離した唇をもう一度寄せた。

本当に軽くふれるだけの、子供じみたキスだった。
数々の浮き名を流して学園一のタラシとまで言わしめた男が、まるで今までの経歴などさっぱり忘れてしまったように、稚拙で色気の無い口づけをする。

何のマネだと、
オレは問いかけることすら出来ずに。
ただ閉じ忘れた目を開けたままに、焦点の合わないくらい近づいたアイツの顔をぼんやりと見ていた。

目の端にはもうじき八分咲きになろうかという桜の桃色が、靄のように煙って映っていた。

花に囲まれ、喧噪は遠く、そしてらしくない態度でオレに触れるこの男。

作ったものじゃない優しい貌が、逆に、上手な嘘のように感じた。

『堪忍』

アイツは他の言葉を忘れたように、ひたすらそう口にした。
自分はというと、言葉も動くことすらも忘れてしまったように、アイツのされるがままになっていた。

闇を固めたような双眸の奥にちらちらと覗く感情は、きっと自分の知らない類のものだった。
アイツはそれを語ろうとせず、自分も聞こうとは思わなかった。
アイツの墨を垂らした漆黒の髪と、自分たちを取り巻く桜色、それらにばかり気を奪われていた。

頭の中でぐるぐるとマーブルを描いて解け合う二色に、ストロベリー・チョコレートを連想して、オレはぼんやりと思った。

これが"甘い"ということかと。


『堪忍な』

アイツはひたすらに繰り返し、
そして初めてオレの名前を呼んだ。


 景吾 ―――――






何もかもがらしくなく、夢なんじゃないかと感じたあの日から季節が一巡して、また桜が咲き始めた。

あの日に別れて以来、オレはアイツの姿を見ていない。
アイツは卒業と同時に地元に帰り、そのままテニスもやめてしまったのか、大会でも見かけることは無かった。

少しだけ交わったオレとアイツの人生の道は、すっかり離れてしまったに違いない。
きっともう、会うことも声を聞くこともないのだろう。
そう思うからだろうか。
大して仲が良いとはいえない間柄でテニス以外に接点など無かったから、あの日の出来事ばかりが記憶に残る。
愛想がいいクセに非情で、女にもてるのに評判がよくない男だった。それが本来のアイツであるのに。

あの時静かに落とされた低い声、
壊れ物のように触れる指先、
羽のような口づけ、
オレに向けた表情。

最後に見た姿が酷く優しいものだったから、
だから、あの非道な男をよい人間だったかのように記憶してしまうのだろうか。



顔を上げると、1年前と同じように八分咲きになった桜があった。
ざわざわと吹く風が、伸びたサイドの髪を顔にかける。
視界に映ったのは己の金色の髪と、淡い桜色だった。


あの甘い、ストロベリー・チョコレートのマーブルを、
もう感じることは無いのだろう。

初めて味わった甘さも、もう溶けてなくなってしまったのだろう。



「・・・・・・・・・」

ツンと鼻の奥が痛くなった。



思うに。


きっとオレは、あの男に惚れていたのだろう。



そうでなければ、

この涙の理由がつかない。







告白できなかった忍足と、1年後に気が付いた跡部。

・・・文章の書き方を忘れました(焦) リハビ リ

060106



<<