あなたが迎えにくるから






教授の気まぐれで講義が早く終わってしまった。
中途半端に時間が空いたと、跡部は腕にはめた時計を見ながらどうやって時間を潰そうかと考える。
そしてふと、
(迎えにでも行ってやるか)
いつもは購買で待ち合わせて一緒に帰るのだが、たまには恩を売ってやろうか。
そう思い立ち、忍足が居る講義棟へと足を向けた。
跡部の所属している経済学部と忍足の医学部の建物は、広い大学部の敷地内の端と端にある。購買はその中央にあるため、これまで跡部が医学部棟の方へ足を運ぶことはなかった。もっとも忍足が跡部を迎えに来ることは多々あるのだが、それは向こうが好んでしていることなので不公平とはいわないだろう。
物珍しげに辺りを見回しながら歩くこと数分で目的地に到着する。
今日は曇っているくせに気温が高く、しっとりとかいた汗に出来心なんて起こすんじゃなかったと後悔したけれど、一歩建物内に入ると全館冷房の冷気が跡部を包んだ。
(アイツの教室は4階だったな)
引いていく汗にほっと息をついて、ちょうど停まっていたエレベーターに乗り込んだ。
時計を見遣れば、そろそろ講義が終わる時間だ。教室から出てきたアイツを入り口で出迎えてやろう。
どんな顔をするだろうか考えると、楽しさに口元が緩む。しかし、
「・・・あ〜ん?」
着いてみれば教室は閑散としていた。
(なんだ?アイツんとこも早く終わってたのか?んなら連絡くらい入れろっての!)
とんだ無駄足だったぜ!
勝手に来たことを棚に上げて一人憤慨すると、跡部は携帯を取り出して忍足に連絡を入れる。
電話先での忍足の驚きながらも嬉しそうな様子に少し気分はよくなるものの、忍足が居ると告げた場所に首をひねった。
医学部棟からほど近くはあるが、忍足には用があるとは思えない所だったのだ。



「こっちや、跡部」
言われた研究室に入ると、奥の方から忍足が手を振った。
他の学生が跡部を物珍しそうに見るのを無視して奥に進めば、忍足は何やら葉っぱの入ったプラスチックシャーレを弄っていた。よく見るとその葉の上には小さな生物が蠢いているようだった。
「せっかく来てくれたんに、居らんで悪かったなぁ。せやけど、わざわざオレのために暑っつい中歩いて来てくれるなんて、オレって跡部に愛され・・ 「んなことはどうでもいい」
へらへらとしまりのない顔で続ける忍足の言葉を遮って、跡部はその手元を興味深げに覗き込む。
「何してんだ?」
「あぁ・・・うん。継代作業」
実験に用いるために捕まえてきた生物が他の種と交配しないようにシャーレを分けて、種毎に単独飼育しているのだという。
「何で、んなマネしてんだよ。ここは別学部じゃねぇか」
「知り合いの先輩がここの学生でな、話聞いたら面白そうやったから、たまに手伝わしてもろうてんのや」
「・・・ふぅん」
小さい頃にかぶとむしを飼っていたことはあるけれどどちらかというと虫の類が好きではない跡部は、好んでこんなことをする忍足をよく解らないと思った。しかし、広く学ぶのはいいことだろうと口をはさままずにいた。
それでも顔に出ていたのか、忍足は苦笑いするとシャーレに向き直った。継代をし終えたシャーレを一つ取って目の高さまで持ち上げる。
「このシャーレの中はな、一つの世界なんよ」
オスがいてメスがいて、それらは食料となる葉の上に存在している。食料は食べ尽くされる前に新しいものへと変えられ、生物は飢餓に苦しむことなく餌を得て卵を産み、その一生を終えることが出来る。
「でもな、この世界の支配者はそこに生きている生物やなくて、オレなんよ」
忍足が口元で笑う。
「コイツらは食うことと子孫を残すことにしか頭が向いてへんから、知らんのやろなぁ」
異種の別生命体に生かされ、その命を握られているということを。
「・・・・・・」
「コイツらに意思ってもんはなくって、あるのは生きるための本能だけや」
生物というのは生きるために生まれて生きているものじゃないだろうか。生き残るために備わっているのが本能だ。意思のない生物はその本能によって生かされている。
「つまらんなぁ」
ただ生きているだけというのも。
しかし思えば、数多くある生物の中でも己を己で殺めるのは人間だけだという。自殺というのは人間だけがもつ悪しき特性だ。
意思があるのも考えものである。
「そういう意味でも、ヒトは自然の生物からは外れてしもうたんやろなぁ」
そしてまた笑った。
放っておけば延々と続きそうな忍足の、ぶっちゃけ独り言じみた論を聞いている跡部の眉間には、次第にしわが寄っていく。
(くだらねぇ・・)
対跡部においては信じられないくらいポジティブなくせに、その他のところではどうしていちいち考えがひねて暗いのか。
本当に下らない。

「それはお前も一緒だろうが」
ぴしゃりと言うと、忍足は口元の薄笑いを引っ込めて跡部を見た。
「オレ?」
忍足が意外そうな顔をする。跡部はそんな忍足をじろりと睨み付ける。
「くうことしか考えてない」
「?」
「・・・“くう”と言っても食い物じゃねぇけどな」
何をさしているのかすぐに理解できなかった忍足だったが、跡部のうんざりしたような表情と少しだけ赤く染まった頬に言わんとすることを察する。
「あ・・・ あーうん、せやなぁ」
「・・・・・・」
「ほんま、その通りやわ。オレ、それ以外に考えることあらへんし、あったとしてもそれ以上に重要やとは思わんし」
遺伝子残すことにこだわりもないし。
「そもそも人間なんて増え過ぎるくらいに増えとるんやから、オレ一人子供作らんでも構わんからなぁ。愛を伝えるためにするセックスなら、非生産的やって言われてもオレは好きなコとしかしたないしな」
そう言って、未だ手に持っていたシャーレを置くと跡部の腕を捕らえる。
「ほな、お誘いを受けたことやし、はよ帰ろか〜」
「な・・っ 誘ってねぇよ!」
腕を振り払おうとするが、がっちりと掴まれていて振りほどけない。
「あー けーちゃんからお誘いもらうのって、初めてちゃう?あまりのかわいらしさに今日は加減できひんかも知れんなぁ」
堪忍ね?
「・・・ッ!」
言っている内容も何もかもが全然可愛くなどないのに。仕草だけ茶目っ気を出して小首をかしげた忍足を、跡部は本気で殴りつけたいと思った。
しかし力いっぱい引かれる腕にそれは敵わず、ずるずると引きずられるに任せるしかなかったのだった。







・・・ラブコメ?

忍足は内心、跡部に子供産んで欲しいとか思っているよ絶対。

060702



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